名古屋高等裁判所 昭和59年(ラ)118号 決定 1985年1月24日
抗告人
岐阜商工信用組合
右代表者代表理事
鬼頭慶男
右代理人
伊藤義文
主文
原決定主文第二項を取り消す。
右部分につき、本件を岐阜地方裁判所に差し戻す。
理由
一抗告代理人は「原決定主文第二項を取り消す。原決定別紙物件目録(2)記載の建物について民法三八九条に基づき競売手続を開始する。」との裁判を求め、その理由として、別紙「抗告の理由」のとおり主張した。
二当裁判所の判断
本件記録によると、抗告人は昭和五六年一〇月三一日有限会社レディース観光(以下単にレディース観光という)との間で信用組合取引約定書を作成した上、同会社に対し同日金七五〇〇万円を貸付け、かつ同日右取引上の債務等を担保するため、同会社の監査役である宇野澄子所有にかかる原決定別紙物件目録(1)記載の土地(以下本件土地という)及び同地上の旧建物に対し極度額を金八〇〇〇万円とする根抵当権を設定して、その旨の登記も経由し、その後昭和五七年一〇月二〇日には右会社に対し金五〇〇万円の追加貸付をしたこと、ところが、旧建物は老朽化のため建て替える必要が生じ、同会社の代表者宇野修司及び右所有者宇野澄子は抗告人に対し、新築建物については直ちに保存登記をした上第一順位の抵当権を設定する旨の念書を差し入れたので、抗告人は右建替えに同意し、旧建物は取り壊されたこと、そして新建物は当初レディース観光が施主となつて工事を進め、抗告人は昭和五九年一月一九日本件土地に対する根抵当権の極度額を金一億一〇〇〇万円に変更した上、同月二〇日レディース観光に対し金四〇〇〇万円を貸付けたこと、ところが、レディース観光では、朝銀岐阜信用組合から予定どおりの融資が受けられなくなり、大江正男から資金の援助を仰いだため、途中から同人が注文主となつて新建物である原決定別紙物件目録(2)記載の建物(以下本件建物という)を完成させたこと、このため、大江が同年三月一五日本件土地について地上権の設定登記を受けた上、同年四月一九日保存登記をした本件建物については、抗告人は抵当権の設定を受けることができなかつたこと、その後大江は同月二〇日売買により宇野澄子より本件土地の所有権を取得し、同年五月一九日その旨の登記も経由したこと、そして、抗告人は同年一〇月二日本件土地について抵当権に基づき不動産競売の申立をするとともに、本件建物についても民法三八九条により一括競売の申立をしたが、原裁判所は同月一九日本件土地については競売手続を開始したものの、本件建物についてはその競売申立を却下したこと、以上の事実を認めることができる。
ところで、民法三八九条の趣旨は「抵当権設定の後その設定者が抵当地に建物を築造したるときは」と規定しているので土地の抵当権設定者がその地上に建物を築造した場合に限つて一括競売を許す趣旨と理解されないではないが、同条を法定地上権に関する民法三八八条と対比して考察すると、抵当権設定前に築造された抵当土地の上の建物については、競売に際して法定地上権の成立を認め、一方、抵当権設定後に築造された抵当地上の建物については、法定地上権の成立を認めないかわりに、抵当権者に抵当土地とその地上建物との一括競売権を賦与したものと解することができるのみならず、法定地上権が成立しない建物について一括競売を許すのは、その経済的価値の存続を図ることが可能になる上、抵当土地のみの場合よりも競売が容易になり、しかもその実効をあげうることになつて、抵当権者の利益を守り、一方、建物所有者に対しても、買受人に収去義務を負うよりは、売却代金のうちから建物の代金を収受させることによつて、その利益に資することにもなると考えられるのである。もとより、同三八九条は抵当権者に一括競売権を賦与したにすぎず、その義務を課したものではないから、一括競売にかえつて負担を感ずる抵当権者はその権能を行使しなければ足りるわけである。それ故、抵当権者が抵当権設定後に第三者により築造された抵当地上の建物についても、前示法意に適う限りその適用を認める場合がないではないと考える。
これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、本件建物を築造した大江正男は、その後本件土地の所有権の譲渡を受けたことにより本件土地について従前の抵当権の負担を負うに至つたから、民法三八九条にいう「設定者」と全く同視しうる地位を承継したものということができ、しかも本件土地に地上権の設定を受けているとはいえ、本件土地のみが競売された場合には、これをもつて買受人に対抗できないから、やがては本件建物を収去せざるを得ず、それよりは一括競売が実施され、本件建物の売却代金を収受した方が同人の利益にも合致し競売も容易になると思われる。従つて、前述の民法三八九条の趣旨からみて、抵当権設定後に第三者が抵当地上の建物を築造した場合であつても、当該第三者がその後抵当土地の譲渡を受けた場合には、土地の抵当権設定者が建物を築造した場合と何等異なるところなく、右建物について抵当権者に民法三八九条に基づく競売権を認めるのが相当である。
そうすると、本件建物について抗告人の競売の申立を却下した原決定主文第二項は、民法三八九条の解釈適用を誤つた違法があるから、これを取り消し、右部分について、競売開始決定を含めたその後の競売手続を実施させるため、本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(山田義光 井上孝一 喜多村治雄)
抗告の理由
一、本件債権者は、昭和五九年一〇月二日、原審裁判所に対して、原決定別紙物件目録(1)記載の土地につき、抵当権に基づき、担保権の実行としての競売手続を開始することを求めるとともに、同目録(2)記載の建物につき、民法三八九条に基づき、同土地と共に競売手続を開始することを求めた。
しかるに原審裁判所は、昭和五九年一〇月一九日右土地については不動産競売開始決定をなしたが、右建物については、民法三八九条の場合に該当しないとして競売申立を却下した。
二、ところで、本件建物は、本件土地上の建物であり、本件債権者が右土地に抵当権の設定を受けた後に、大江正男(以下大江という)によつて築造されたものであるが、その経緯は以下のとおりである。
債権者は、(有)レディース観光に対し、金八、〇〇〇万円の貸金を有し、その債務担保のため宇野澄子所有にかかる本件土地及び地上建物につき、抵当権の設定を受けていたものであるが、昭和五八年一二月九日、建物が古くなつたので、新築建物に一番抵当権を設定するとの約束を宇野澄子、修司とした上で、取毀しに同意した。
建築工事は、当初(有)レディース観光と(株)大和組との間の契約に基づき行われていたが、途中で、当初予定していた朝銀からの融資を受けられなくなつたので、(有)レディース観光は、大江から昭和五九年三月ころ一〇〇〇万円借りて(株)大和組に同額の工事代金を支払つた。
かような事情から、(有)レディース観光としてもその名の下に工事を続行することができなくなり、また大江からの要請もあつて、建築契約の当事者を大江と大和組とに切り替えざるを得なくなつた。その後大江は本件建物を完成させ昭和五九年三月二四日本件土地に地上権の設定を受け、さらに同年四月二〇日には本件土地を取得している。
三、大江は、本件土地を担保に金を貸すときから、すでに債権者の担保となつていることも、後に建物に一番抵当権を設定することになつていることも十分承知していたもので、かつ建物を(有)レディース観光が建てているものと誤信して債権者が黙認している事実も知りながら、あえて建築契約当事者を変更し、通常三億円必要といわれるトルコ営業を一億で可能にしようとし、その不利益を債権者によせてきたものである。
かような事実からすれば、大江は、本件建物についての債権者と宇野澄子、修司との間の合意に拘束されても止むを得ないと言うべきであるが、少なくとも民法三八九条の類推適用により本件建物は、本件土地とともに競売に付されるべきである。
四、民法三八九条が土地の抵当権者にその後に築造された建物の競売権を与えた趣旨は、本来土地の抵当権実行による競売によつて取毀又は収去を余儀なくされる前記地上建物を土地とともに競売することによつて現存建物相応の代価を得させ、前記建物所有者の損害を最小限にとどめようとするほか、このような方法の競売によつて競買人を得易くし、その実効を挙げようとするところにある(名古屋高裁昭和五三年二月一七日民事四部決定)。
とするならば、本件のように第三者が抵当地上に建物を築造し、後に当該土地の所有権を取得するに至つた場合もその問題状況は同じである。すなわち、大江は、その土地利用権を土地競落人に対抗しえないものであるから、本件建物は土地の抵当権実行による競売によつて取毀又は収去を余儀なくされる運命にある。
五、原審は、大江の任意処分権限の保護を強調するが、土地競落人が建物買受に応ずるや否やは明らかでなく、まして大江に前述したような主観的事情の存する本件においては、その任意処分権限を否定されても止むを得ないと言うべきである。
前述したように、民法三八九条の趣旨には、一括競売により競買人を得易くするという側面もあり、この面における債権者(競売申立人)の利益も無視することはできない。法律上は、取毀収去可能とは言え、事実上、地上に建物が存する以上、経験上土地競落価格は低くなると予想せざるを得ず、これにより債権者が不利益を蒙ることは必至である。
かかる両者の事情を考慮するとき、本件建物につき、民法三八九条に基づき本件土地と共に競売手続を開始することを認めるのが両者の公平に合致すると言わなければならない。
にもかかわらず、本件建物につき、民法三八九条を適用あるいは類推適用して競売に付し得る場合に該当しないとして、債権者の申立てを却下した原決定には、民法三八九条の解釈適用を誤つた違法がある。